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お花見の由来 

奈良時代以前、桜は観賞用というよりはその年の農作物の出来を占う花でした。だからこそ「早く散れば凶兆」ということで散るのを惜しんだといわれています。

桜を鑑賞しだしたのは平安時代から。どうやらその頃から"花"といえば桜になったようで、以下のような桜を愛でる歌が数々詠まれるようになりました。

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
訳:昔の奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中で、ひときわ美しく咲きほこっていることですよ。

百人一首六十一番:伊勢大輔

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
訳:世の中に桜というものがなかったなら、もっと春は心穏やかに過ごせるのに。

古今和歌集:在原業平

平安時代の花見は公家のものでしたが、やがて武家にも浸透していき、大掛かりな花見が催されるようにもなっていきます。江戸時代になるとようやく庶民も花見をするようになります。仮装をする者、俳句を詠む者、謡曲、小唄、三味線など、今で言えばカラオケのようなものに興じる者、はては口論、ケンカが始まる(江戸っ子っぽいですよね)など、まさに「花より団子」的なお花見のスタイルへとなっていっていったそうです。

数年前に上野公園にお花見に行ったことがありますが、宴会、カラオケ、曲に合わせて踊る人、手品をする人なんかもいたりして、時代は変わってもやることはあんまり変わってないみたいですね。
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[2006/03/04 20:09] お花見 | TB(0) | CM(0)

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