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端午の節句のお気軽インテリア 

兜人形や鯉のぼり、本格的なものになるとやはりお値段が高~くなりますよね。

「子どもがいるわけではないけど……」という方はお手軽なお飾りを取り入れてみてはいかがでしょうか?

金太郎のお人形ちりめんで作った兜を棚やサイドボードに置いたり、菖蒲柄の入ったのれんを廊下につるしたり、菖蒲や鯉のぼりの絵を飾ってみたり……

端午の節句にまつわるお飾りやお供え物はたくさんあるので、どれかひとつでも関連するものをちょこっと飾るだけでも雰囲気が変わると思いますよ♪





ちりめん兜/\2,500
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[2006/04/25 00:23] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

端午の節句のお気軽インテリア 

兜人形や鯉のぼり、本格的なものになるとやはりお値段が高~くなりますよね。

「子どもがいるわけではないけど……」という方はお手軽なお飾りを取り入れてみてはいかがでしょうか?

金太郎のお人形ちりめんで作った兜を棚やサイドボードに置いたり、菖蒲柄の入ったのれんを廊下につるしたり、菖蒲や鯉のぼりの絵を飾ってみたり……

端午の節句にまつわるお飾りやお供え物はたくさんあるので、どれかひとつでも関連するものをちょこっと飾るだけでも雰囲気が変わると思いますよ♪





ちりめん兜/\2,500
[2006/04/25 00:23] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

端午の節句の食べ物② 柏餅 

柏の木は新しい芽が出ないと古い葉が落ちないので「家系が絶えない」という縁起をかついで、餅を柏の葉で包んで食べます。

作られたのは江戸時代中期からで、幕府の五月の節句行事の際の贈答品として柏餅が使われていたのが民間に広がっていったようそうです。歴史としては比較的浅かったんですね。





柏餅(あんこ3種)/\1,750
[2006/04/25 00:16] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

端午の節句の食べ物① ちまき 

粽(ちまき)は中国戦国時代の詩人屈原の命日(5月5日)に竹の筒に米を入れたものを作って供養したのが起源です。
粽(ちまき)はもち米などの粉を水で練って菖蒲や笹、葦などの葉で包んで蒸したものですが、昔「茅(ちがや)」の葉でも巻いていたことから「茅巻(ちまき)」と呼ばれました。

粽(ちまき)の形は鉄砲にも似ており、そこから武士魂を表すものとも言われてるんだそうですよ。

粽(ちまき)は手軽に食べることができるし、たくさん用意すれば豪華な雰囲気も出せて端午の節句のおもてなし料理としてお勧めではないでしょうか?





大粒 ちまき/\850
[2006/04/25 00:14] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

菖蒲 

菖蒲は香りが高いので厄を除くといわれています。

そのため、菖蒲は以下のような方法で厄除けとして使われていました。

* 軒先に飾る(菖蒲葺)
* 髪に挿す(菖蒲髪)
* 枕の下に入れて寝る(菖蒲枕)
* 菖蒲をお風呂に入れる(菖蒲湯)
* 刀をまねて遊ぶ(菖蒲刀)
* 地面を打ち合う(菖蒲打)
* 酒に浸す(菖蒲酒)

今も菖蒲湯に浸かる風習は残っていますよね!他の厄除け、私は見たことがないのですが、どこかまだ残っている地方などあるのでしょうか?




[2006/04/25 00:12] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

鯉のぼり 

鯉のぼりは端午の節句の外飾りです。これもまた立身出世を願います。

中国では鯉は滝を登りきって竜になるという故事があります。いわゆる「登竜門」ですね。鯉は出世の象徴でした。

また、「鯉の水離れ」といって、水揚げされた鯉はまな板の上にのせられても覚悟を決めてジタバタしないことから、いさぎよい強い魚として武士階級に貴ばれていました。

そんなことから、鯉のぼりは江戸時代のの中頃から、出世魚、武士魂として、また男子誕生の喜びを広く世間に知らせる目的で戸外に当てられるようになりました。

鯉のぼりは遅くとも一週間前くらいに飾りだします。
半月以上前から出していることもあるようです。昔は8日までに片付けるのが流儀でしたが、これは8日は豊臣秀頼の大阪城落城の日にあたり、縁起が悪いという理由からだそうです。
[2006/04/25 00:10] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

五月人形② 源義経 






【鎧兜甲冑工房 丸竹産業】
源義経 稚児鎧写し
/製造直販価格258,000円 (税込270,900円) 送料別

この五月人形、実際に子どもが着れちゃうんですよね。
見つけたときはびっくりしました。^^;

この丸竹産業、映画などのシェア90%だそう。

[2006/04/25 00:08] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

五月人形① 

端午の節句の飾りには内飾りと外飾りがあります。内飾りが五月人形です。

武士としての出世を願う五月人形ですが、もとは雛人形と同じく穢れを移して川に流すための紙人形がやがて菖蒲や紙で作った兜を飾るようになり、武者人形になったものです。

江戸時代に入ると趣向を凝らしたものが現れ、立派な鎧兜のセットが飾られたり、のぼりや弓矢、刀など、小道具も飾り立てるような風潮が生まれて現在まで続いています。

ただ、飾り方の決まりというものはないので、武者人形1点だけでも、兜だけでもどう飾ってみても特に問題はないそうです。

五月人形で代表的なものは源義経、弁慶、加藤清正、伊達政宗、徳川家康などの歴史上活躍した武士や金太郎や桃太郎などの昔話の主人公があります。初節句の際のお祝いなどご参考にしてはいかがでしょうか?
[2006/04/25 00:02] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

端午の節句の由来 

端午の節句は、雛祭りと同じく中国から伝わって日本で作り変えられてきた行事の一つです。

古代中国では、端午の日に蓬(よもぎ)で人形(ひとがた)を作って門にかけたり、菖蒲(しょうぶ)を浸した酒を飲んだり、菖蒲で作った舟で競争したり、薬草摘みを行うなどして穢れ(けがれ)を祓い、災厄から逃れるための行事が行われていました。

一方、日本では、5月は田植えをする季節。

5月5日は田の神を迎えて豊穣を祈るために未婚の娘たちが巫女となり、菖蒲の葉や蓬で葺いた"女の家"という小屋にこもり、身を清めるという風習がありました。日本の5月5日は神を迎えてお祓いをする日であり、女の休養日でもあったのです。

菖蒲打その後、鎌倉時代に武家が台頭してくると、「菖蒲」は「尚武(武を尚とぶ(たっとぶ))」に通じることから、この日に流鏑馬(やぶさめ)などが行われ、印地打(石合戦)や菖蒲打など男子中心の勇ましい行事が行われるようになり、男の節句となっていきました。

他の説として、既に女の節句は3月3日にあったので、5月5日が男の節句になったとも言われています。

時代が過ぎ、室町時代になると兜人形が作られるようになり、江戸時代に入ると男子の健康と出世を祈る鯉のぼりが立てられるようになりました。

なお、5月5日は端午の節句であるとともに、国民の祝日「こどもの日」でもあります。5月5日がこどもの日と定められたのは比較的歴史が浅く、1948年(昭和23年)7月20日のことです。国民の祝日に関する法律によって「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるととともに、母に感謝する日」と定められています。現在では「母に感謝する日」は「母の日」ですが、法律的には5月5日だったんですね!
[2006/04/25 00:01] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)

端午とは 

端午(たんご)の「端」は「はじめ」の意味で、端午は「はじめの午の日」のことです。古代中国では5月は"悪月"とされ、中でも、5が重なる5月5日を"悪日"として考えられて、漢代以降に5月5日を端午の日とし、この日に災厄を祓う(はらう)ための行事を行うようになりました。
[2006/04/24 23:59] 端午の節句 | TB(0) | CM(0)


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